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- 子供から大人まで熱中していたアニメ『機動戦士ガンダム』ですが
俺らの世代は、どちらかというと
アニメよりガンプラ=ガンダムのプラモデルに夢中でした。
ガンプラの出現は
- ファミコンすらない時代の、娯楽饑餓男子のハートを直撃しました。
ガンプラ!ガンプラ!日本中がガンダムのプラモデルに熱狂していました。
地球上総ての模型店で、めちゃ売れの品切れ。
どれだけ売れたかというと
何ヶ月も品切れだったザクプラモの抽選会(正確にはそのザクのプラモ購買権利が貰える)が
市民祭りのイベントになるくらい激売れしていました。
子供限定ながら、何十人もの子供&父兄が殺到し
抽選会には人だかりができていました。
で、それを弟が当てたんですけど
当たり前のように、非道兄貴の俺がとりあげて
「いま、俺んちにザクがある。あのザクがいる」
と、いい気になって吹聴していると、近所のプラキチお兄さんに知られ
「お前には荷が重い、代わりに俺が作ってやる」
とかなんとか言われてとりあげれてしまいました。
で、数週間後に
プラキチお兄さんは、ザクを届けに来ました。
そいつぁは凄まじいハイクオリティザクとなって帰ってきました。
つなぎ目をパテで埋めて消す、
ランドセルの改造、金属を思わせるキズ汚し等の基本はすべて施されていました。
塗装も
当時、盾を迷彩色に描くが流行ってたんですが
渋めの灰緑を基調に、彩度の低い黄色や黄緑などで絶妙に迷彩されていました。
それもその迷彩が、全身に施されていました。
- 胸に、03とか▼マークのデカールも貼ってありました。
武装も、改造されたザクマシンガンだけでなく
武器コレクションから補填した、足首につけるミサイルポッドやヒートアックスを
うるさくないポジションで装備してありました。
シャアザクの角を模したアンテナのような細いパーツまで、頭部に着けられていました。
俺のザク(正確には弟のザク)は
当時流行ってた改造と
- 未知の改造テクノロジーで埋め尽くされてました。
プラキチお兄さん……俺へのサービスというより
よっぽど飢えてたんでしょうね。
で、大事にしろよって念を押されたんですが
そこは、加減を知らないガキですから
飾っとくだけじゃもの足りなくなり、
あれこれ触るうちに、足が取れ腕が取れ(この腕がよく取れた)
自力では直立することも出来なくなりました。
「あのザク元気か?」
プラキチお兄さんに聞かれ
そのザクならバラバラになって死んだ旨を伝えると
プラキチお兄さんは
我が子のように、ご遺体を引き取っていきましたとさ。
- おわり
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